小冊子「飛騨」について

飛騨産業が発行するフリーペーパーとして、2011年に創刊した小冊子「飛騨」。
創刊当初から小冊子「飛騨」に携わってきた営業企画室 森野室長にお話を聞いてみました。

ーまず最初に小冊子「飛騨」とはどんなフリーぺーパーなのか教えてください。
会社の広報誌です。そうは言っても内容は会社の事だけにとどまらず、飛騨地域全体の魅力が伝わるような事柄を取り上げています。飛騨の匠をテーマの根っこに持ちながら、飛騨高山の食や祭、世界的デザイナーについてなど、編集メンバー全員でどういう読み物にしたら楽しんでもらえるかを考え作っているんだよ。時には歌(私が自ら作曲を担当しています)も交えながら、この小冊子を読んだ人が明るい気持ちになるような広報誌を目指しています。
年に2~4回のペースで、現在23号まで発刊しました(2020年より休刊中)。
袋とじになっていてペーパーナイフで切りながら読んでいくのですが、その冊子のザラザラした素材感や自分で切っていく作業の時間も魅力になっていくようなフリーペーパーです。

ー小冊子「飛騨」が生まれたきっかけは?
小冊子「飛騨」でアートディレクターをやってくれている富田さんが、たまたま東京ショールームの前を通りかかって、立ち寄ったのがきっかけかな。そこで初めて飛騨産業を知ったんだよ。それで、こんなに良い家具をしっかり作っている会社があるんだって、驚いたそうなんだ。特に、「Matsumura chair」が気に入って衝動買い!その後、飛騨産業をいろいろと調べたらしく、岐阜出身の富田さんにとって自分のふるさとの企業ということもあって応援したいという想いが出てきて。僕に、飛び込みで営業をかけてきて「何か仕事ないですか?」って。(笑)その結果、社長にも相談をして一緒に広報誌を作ることになったんだよ。

ーいきなり富田さんが訪問されてきてはどう感じたのですか?
そういう電話って、ときどきあるじゃない?僕も最初は「はい、はい…」という感じで、「よかったら、会社に来てみては?」と言ったんだよ。高山まで来れば、本気なんだろうなと思ったからね。そしたら、富田さんはポートフォリオを持って東京から来てくれてね。それを見せて貰ったら、超一流のグラフィックの会社に所属していて、見たことのある広告もたくさんあって凄い方なんだなぁと思った。富田さんが「是非、飛騨産業を紹介する仕事をさせて欲しい。」って。あと「絶対一緒にこの仕事をしたい人がいる」といって、次高山に来るときに連れてきたのが画家の牧野さん。牧野さんは画家だけど歴史ある広告制作会社にもいたことがある。でも二人は会社のことは全然知らないから、飛騨産業と家具業界の事を良く知っているライターの佐野さんと、飛騨産業の広告・広報の顧問をお願いしている瀬戸山さんを紹介して、そこから小冊子「飛騨」がはじまりました。
現在はNo.16号から編集をお願いしている高橋さんも含め、編集委員は5名です。

ー作ると決まってからは、どういうふうに進んでいったのですか?
広告費も少ないし、最初は本として書店に流通させようとしたんだよ。編集のみんなは出版社との関係がある人ばかりだから、いろんなところに話を持ってったんだけど、その時から決まっていた『手で切る』『袋とじになっている』ということを話したら、そういったものは本の流通には向きませんということで、ほとんどの出版社には断られちゃいました。どうしようかとなった時に社長が「俺が自腹をきってでもやるから!」と言い出して。その想いから、会社のちゃんとした広報誌として作っていきましょうと、進めることになりましたね。

ー小冊子「飛騨」はどんなコンセプトで作っているのですか?
当然、飛騨産業のことを皆さんに知っていただくという趣旨です。でも、それだけではなくて飛騨地域の文化や生活、自然のことだとかを紹介していくことによって、皆さんに飛騨に来ていただいたり、それによって飛騨産業を知っていただくという、間接的なところからもネタをひろっていくことにしました。そして、必ず1冊1テーマ!それぐらいのことだけを決めて始めていきました。なるべく、近いところからテーマを探していって『高山祭(飛騨no.3)』や『飛い驒ん爺い(飛騨no.4)』など読んで面白く、飛騨に興味を持ってもらえるようなものをと、テーマを出していったわけです。

ー社内恋愛編も面白かったです(笑)
僕それ絶対やだって言ったんだけどね。みんな嫌がって取材なんて受けないよって(笑)とばっちりがくるかもと思ったけど、社員で頼みに頼んでなんとか冊子になりました。そんなふうに飛騨産業に近づいたり、離れたりしながらやっていったね。社長にときどき、「ちょっと自由にやりすぎじゃない?もっと会社を紹介してよ。」なんて言われながら(笑)その反省から、『飛騨職人学舎(飛騨no.11)』を紹介したり、『青空 飛騨の匠学校(飛騨no.16/no.18/no.20/no.22)』という飛騨の匠の歴史をテーマにしたりもしました。あと、裏表紙に会社の広告を入れるようにしてね。

 

 

ー森野さんの想い出深い号はどれですか?
どれも思い出深いよ!あのね、高山祭の号(飛騨no.3)は結構画期的だと思う。高山祭の神事のところを捉えていて、文化的、精神的、行事的な部分を紹介できました。自分の勉強にもなったんだよね。写真もとてもいいんだよ。ここに二谷さんと谷口さんが写ってるよ(二谷さん…修理工房の職人/谷口さん…本社の塗装職人)この表紙の写真も神様の道を撮ったものなんだよ。気づかなかったでしょ。あとは小冊子「飛騨」のために4曲も作曲しました。

ー小冊子「飛騨」の今後の予定は?
次は『青空 飛騨の匠学校』の第5回を予定しています。今まで、歴史順におっていて、現代の匠までくる第5回で終わりとしていたのが、新型コロナウイルスの関係で延期になっているので、それを早くやりたいなぁと思っているよ。全5回を合本として、飛騨の匠の勉強になる資料みたいなものも作れたらいいなぁ。

 

 

単に会社を紹介するだけのものではなく、飛騨という地域をいろいろな角度から見ていく、小冊子「飛騨」。気になった方は是非、一度読んでみてください。

 

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