エンツォ・マーリが取り組む
100万の1万倍もの日本の杉の木

Enzo Mari / エンツォ・マーリ(1932~2020)

ミラノ工科大学はじめ、多くの大学で教鞭を執る。コンパッソ・ドーロ賞を4回受賞するなど、受賞歴多数。1950年代初頭から視覚心理学及び3次元空間の知覚的構造の構築を研究。アーティスト、デザインの思想家、プロダクトデザイナーとして幅広い活動を精力的に行う。ドリアデ、ザノッタ、カルテル、マジス、ダネーゼ、アレッシィ等、トップブランドの作品を数多く手がけ、これ迄に製作した作品数は1,600点を超え、その内29点はニューヨーク近代美術館の永久所蔵品に選ばれている。又、1973年製作の磁器21点が、東京国立近代美術館工芸館に所蔵されている。


出会い

2003年の秋、エンツォ・マーリを迎えた講演会が岐阜県高山市で開催されました。その講演を聴いた飛騨産業の社長である岡田贊三は、彼独自のデザイン哲学に深く共鳴し、飛騨の地から世界に向けて発信できるような、杉材を用いた家具製作共同プロジェクトの提案を彼に持ち掛けました。そのとき「なぜ豊かな自然を切り取ってまで、新しい製品をつくるのだ?」と言われ、杉の特殊な状況を説明することで、「それならば」と、このプロジェクトはスタートしました。
「エンツォ・マーリが取り組む100万の1万倍もの日本の杉の木」と命名されたプロジェクトが、日本における杉の置かれた状況を物語っています。


日本の杉問題

 

杉は日本固有の針葉樹であり、第二次世界大戦後、戦禍により荒廃した地域に迅速に植林する必要性に迫られ、政府は大規模な杉の植林事業を行いました。しかしながら現在、杉は間伐されないまま残ってしまい、山が荒廃しているのが現実です。そのため、土石流の発生、河川の荒廃、漁業への被害、花粉症の増加など、さまざまな環境問題が生じています。
そうしたことから、増えすぎている国産材を使いたい、たくさんの手つかずに残っている森林の再生に取り組みたいと考えました。日本に杉は無限にある。そしてそれをきちんと間伐していけばサステナブルな資源となり、永久に使うことができるのです。


日本には隠された財産がある

 

杉の学名は「クリプトメリア・ジャポニカ」と言い「隠された日本の財産」を意味します。緻密でよく通った木目、あたたかな質感、心安らぐ甘い芳香、優れた調湿機能、軽量ゆえの加工性など、わが国の先人たちは、杉が持つ価値に気付き、寺社建築や住宅、工芸品、舟、樽、木簡などさまざまな場面で有効活用してきました。また家の誇り・家紋のモチーフにも杉はたびたび使われ、いかに日本人の暮らし・文化に息づいてきたかが伺い知れます。

しかしその杉材は、家具製造に特に適しているというわけではありませんでした。材質が柔らかい点は、家具にキズが付きやすく、強度面でも不向きとされてきました。また、節が目立つことも「無節の家具が良い」という当時の画一化した価値観においてタブーとされていました。先人たちが愛した、この国の隠された財産をもういちど見つめ直したい。荒廃の進む森林を整備し、持続可能な資源の育成に貢献したい。そんな思いがこのプロジェクトを突き進めていました。


伝統から革新へ

柔らかいという弱点を克服する糸口は、飛騨産業が脈々と受け継いできた曲木技術にありました。曲木とは、木材を蒸煮することで軟化させた後、曲型(かながた)にはめて固定し、乾燥させ曲面に形成した部材のことです。優雅で美しい曲線を作り出すことはもとより、木理を通すことで強くしなやかな形状を作り出すことができ、さらに削り出す加工に比べ、木材を無駄なく利用できる利点があります。そして、この曲木の技術は、やわらかく傷つきやすい特性から家具には不向きとされる杉の可能性も広げました。内側を圧縮させる曲木のノウハウを取り入れ、杉を蒸煮し軟化させて圧縮することで、ブナ材と同レベルの硬性を得られるような技術を確立しました。圧縮後に湿度の影響で元に戻ってしまう難題に直面しましたが、薬剤などは一切使わずに形状を変化させないよう徹底して研究し、世界初の三次元圧縮加工技術を施した木材が完成したのです。


ありのままの美しさ

節に関しては、マーリと岡田の確信は最初から揺るぎませんでした。節は杉に備わる自然の特徴なのだから、そのままの姿が尊重されるべきであること。さらにこう付け加えられました。
消費社会の批判にひっきりなしに追い立てられる近年の西洋産業界が、労働者の権利尊重や、環境保護を考慮した生産規定の導入などの美徳行為を立証するために競って「証明書」をひけらかすことを覚えたことは、恐らく間違いなのではないだろうか?杉を活かすことが人々の生活にとって倫理的に正しいアクションであるならば、この杉に備わる“節”にこそ正真正銘の“選り抜きのブランド”に値する価値があるのではないだろうか。

こうして美しい杉の木目と節を活かした家具が誕生しました。HIDAシリーズは、飛騨高山で培ったものづくりの精神と日本人の魂を新しい解釈で未来へ伝えることをコンセプトとしています。マーリ氏がデザインしたHIDAのロゴマークは、私たちのチャレンジ精神と創造力を「飛騨の大地から昇る力強い太陽」として描いていまます。

今は亡き、エンツォ・マーリの目に映っていたのは、「欲しくなるように仕向けられたもの」と「ほんとうに欲しいもの」を見分ける批判精神や手段をあまりにも従順に失ってしまったような集団性ではないでしょうか。このプロジェクトを通して、マーリはそんな集団性に対し力強く異議を唱え、警告を発しています。


HIDA

2003年エンツォ・マーリと出会い、HIDAプロジェクトがスタート。世界初の杉の圧縮材を使用した、家具シリーズ。

 

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