沿革

飛騨家具のはじまり

飛騨は太古より原生林に覆われ豊かな森林文化を育んできた。飛鳥時代より奈良や京都の寺社仏閣建築の担い手である「飛騨の匠」と呼ばれる職人集団を生み、木に対する心と技を受け継ぐ地域である。四方にそびえ立つ山々には、ブナの原生林が生い茂り、昼なお暗い密林地帯をつくりあげていた。当時このブナ材は雑炭か下駄の歯程度の用途しかなく無用の長物として見捨てられ、斧を入れる者すらいなかった。飛騨の家具作りの発端は、その未活用材であったブナ材の活用を考えた数人の地元有志の人たちが、大正9年に取り組んだ曲木家具が源であり、今日では地場の基幹産業であることはもとより、全国的なブランドとなった「家具産地、飛騨・高山」への道につながってきているのである。

当社のあゆみ 製品のあゆみ

1920
大正9年

中央木工株式会社設立総会を開く。資本金3万円、株主24名、白川佐一郎を専務取締役に選任
高山町三町1019番地の工場で機械の試運転、試作に入る。社員は6人

1921
大正10年

椅子を中心に家具2636個(1万5152円98銭6厘)を製造販売

1922
大正11年

2454個(9527円92銭)を製造販売

1923
大正12年

飛騨木工株式会社へ改組。資本金10万円
第1回定時株主総会開く。取締役社長に塚越斧太郎、常務取締役に白川佐一郎、岡田肥吉を選任

1924
大正13年

高山市川西の製糸工場を借り、本社・工場を移転
名田町工場の基礎となる大名田町の製糸工場を購入

1925
大正14年

臨時株主総会開催。本社を高山町空町に、工場を大名田町に移転
田邊豊吉取締役が死去
天皇陛下銀婚式記念国産共進会(岐阜市主催)で「曲木椅子」が1等金牌を受賞

1926
大正15年

東京市 郵ビル606号室に東京事務所開設 全国産業博覧会(姫路商工会議所主催)にて「曲木椅子」が2等銀賞を受賞

1927
昭和2年

1928
昭和3年

清水勇を支配人に選任。塚越社長が病気のため辞任。白川佐一郎常務取締役が代表取締役に就任
塚越前社長が千葉県の私邸で死去

1929
昭和4年

大野郡大名田町花里川原の土地1785.4平方メートルを買収 ベルギー国際博覧会に「曲木椅子」を出品

1930
昭和5年

1931
昭和6年

飛騨特産品品評会で「三角椅子」が金賞牌を受賞
特許局から「三角椅子」の意匠登録許可

1932
昭和7年

清見村大谷に製材所建設
大名田町花里大坪前の土地128.7平方メートルを購入
特許局から「折畳肘掛椅子」の実用新案の登録許可
特許局から「No66重ね椅子」の実用新案登録許可

1933
昭和8年

花里工場敷地隣地1012平方メートル買収 特許局から「簡易椅子」の実用新案登録許可

1934
昭和9年

本社事務所落成
国鉄高山線岐阜-富山間全線開通
取締役社長に白川政之助、常務取締役に清水勇を専任し、それぞれ代表権を付与

1935
昭和10年

米国ロスアンゼルス市より家具バイヤー スタンレー・スロットキン来社
河渡重雄を支配人に選任
本社裏手に工場31坪、中央工場43坪、粗木地工場36坪を増築、それぞれ竣工移動
米国からの注文に対応して自動三方削機械などを増設

1936
昭和11年

塗装工場1棟126坪建設製品庫、荷造り場2階建172坪が完成
国民青年学校を開校・始業式
横田工務部長が米国家具業界視察へ

1937
昭和12年

塗装場付近から出火316坪焼く 名古屋で開催の汎太平洋博覧会に「No90」春慶塗応接セットを出品、金賞牌を受賞

1938
昭和13年

軍需品弾薬函の試作に着手
高山木工工業組合設立。理事長に白川社長就任
新設べニア工場試運転

1939
昭和14年

河合村に製材所建設

1940
昭和15年

全国曲木工芸組合に加入
塚腰徳次郎監査役死去

1941
昭和16年

飛騨春慶漆器工業創立され、本社も参画

1942
昭和17年

1943
昭和18年

河合村保木材の漆畑を買い受ける
立川飛行機の指導で、日本初の木製戦闘機の機体製作に入る
満州飛騨木工の創業式をひらく

1944
昭和19年

軍需省の吉田秀夫が来社し、木製戦闘機生産の打診をする
他3社と合併し高山航空工業に改組。資本金122万2000円、社長に白川政之助を選任

1945
昭和20年

木製戦闘機の試験飛行成功
終戦で軍需品の生産を全面中止
平和産業、民需転換準備へ社内機構改革と工場を整備
臨時株主総会で商号を飛騨産業株式会社に変更

1946
昭和21年

連合軍総司令部から岐阜県商工課を通し、連合軍族用ディペンデントハウスの椅子・テーブルを大量に受注
全国連合軍家具生産工場のなかで、最も品質の良い工場として商工省機械局長から表彰を受ける

1947
昭和22年

連合軍岐阜軍政部長リットルソン中佐が本社工場を視察、工場の整備ぶりを賞賛
高周波電波乾燥機による曲木材の乾燥方法、接着方法など考案
日下部禮一取締役、民選第1号の高山市長に
天皇陛下初めて高山へ。本社工場を御視察され、春慶塗の木製品を献上する

1948
昭和23年

資本金400万円(現175万1000円)に増資決定 「レディースセット」が優秀と認められ貿易官長賞を受賞

1949
昭和24年

輸出再開のため、アベー商社スロットキン社長来社
終戦後初めてアメリカへ木製折畳椅子を輸出

1950
昭和25年

資本金200万円の増資
強制循環式木材乾燥装置が完成
資本金600万円となり、アベー社のスロットキン社長が14400株で筆頭株主になる

1951
昭和26年

蓑谷清太郎監査役死去

1952
昭和27年

白川社長と小島技術部長がアメリカの木工工場など視察へ
塩屋五十八営業部長を支配人に選任

1953
昭和28年

アベー商社のスロトキン総支配人来社
シンガポールの家具貿易会社陳総経理来社
香港の家具バイヤー蒙国平が来社。輸出が総売上の64%となる

1954
昭和29年

1955
昭和30年

暮しの手帳の花森安治編集長と大橋鎭子社長が本社視察

1956
昭和31年

米国向け輸出家具の大量契約のため、オーセンテックファニチャープロダクツのスロットキン社長ら来社
白川政之助社長が高山産業振興協会長に就任

1957
昭和32年

塗装赤外線乾燥炉と西汽缶室が完成
資本金を2520万円(20万4000株)に増資
大倉取締役が不慮の交通事故で急逝
白川社長が日本輸出家具協会副会長に就任
製材所に内扇型強制循環式木材乾燥室4室完成

1958
昭和33年

岐阜県木工連合会が設立され、白川社長が会長に就任
資本金3780万円に増資

1959
昭和34年

漆不足で春慶業界不況、河合村の漆山林を高山に寄与
伊勢湾台風で輸出品流失、冠水で被害甚大

1960
昭和35年

白川社長が全日本輸出家具工業協同組合理事長に就任
高山市へ漆山林寄与し、内閣総理大臣より褒状授与
製材所で火災、乾燥室など類焼

1961
昭和36年

建設中の新事務所完成し移転

1962
昭和37年

清水勇取締役が死去
尾関庄三郎監査役が死去

1963
昭和38年

暮しの手帳の花森安治編集長ら取材で来社。特集で飛騨高山を紹介。弊社の家具も掲載される

1964
昭和39年

政府から輸出貢献企業として表彰される
定時株主総会開く。会長に白川政之助、社長に日下部礼一、専務に塩屋五十八を選任

1965
昭和40年

東京・三越百貨店で飛騨民芸協会主催の飛騨高山展を開催、新製品を出品即売
白川会長が勲四等瑞宝章を受章

1966
昭和41年

第1回ジャパンファーニチャーショーにて「#725モンブラン」が内閣総理大臣賞を受賞
「#713アイガー」がグットデザイン賞受賞

1967
昭和42年

1968
昭和43年

取締役会にて日下部禮一社長が「国内販売に重点をおく方針」を打ち出す
本社工場トランスに落雷、主工場800坪全焼
輸出振興功労企業として内閣総理大臣から表彰される
労組が事務系社員との格差是正を求めスト突入
和解成立しスト中止
「#725モンブラン」がグットデザイン受賞
黒田辰秋氏デザインによる椅子・テーブルを皇居新宮殿に納入

1969
昭和44年

新工場第3棟の工事に着手
資本金1億5000万円に増資
輸出振興功労企業として通産大臣表彰
新工場第3棟が完成
リビングセット「穂高」「のりくら」を発売

1970
昭和45年

永田尚取締役が死去
輸出振興功労企業として通産大臣表彰
新工場第4棟が完成
日下部禮一社長、藍綬褒章を受章
創立50周年記念式典開く

1971
昭和46年

輸出振興功労企業として通産大臣表彰
定時株主総会開く。白川政之助取締役会長が勇退、取締役に二村良一、駒屋清を選任

1972
昭和47年

ジャパンファーニチャーショーにて「#751」リビングセットが通産省雑貨繊維局長賞を受賞全国優良家具展にて「#13」リビングセットが通産省雑貨繊維局長賞を受賞

1973
昭和48年

新工場第5・6棟が完成
資本金2億円となる
対米輸出が完全に終了する
全国優良家具展で「白馬リビングダイニング・トータルセット」が東京都知事を受賞

1974
昭和49年

暮しの手帖にて、だんだん増やしていく椅子として「穂高」が紹介される
白川政之助前取締役会長が死去85歳

1975
昭和50年

髙山税務署から優良法人の表彰を受ける

1976
昭和51年

日下部禮一社長脳出血で急逝69歳
臨時取締役会で取締副社長に塩屋五十六、専務取締役に日下部尚を選任
皇太子ご夫妻本社へお成り、工場などをご視察

1977
昭和52年

岩手県水沢市に東北出張所開設
製品倉庫が被災、製品を焼失
第34回定時株主総会開く。営業部長足立秀夫を取締役に、二村良一、駒屋清を常務取締役に選任
ピエール、カルダンと製造販売契約

1978
昭和53年

高松宮殿下、本社へ4回目のご視察
第35回定時株主総会開く。取締役会長に塩屋五十八、取締役副会長に日下部尚を選任

1979
昭和54年

臨時株主総会で新谷泰助取締役辞任、後任取締役に新谷雅樹を選任
新谷泰助前取締役が死去
第36回定時株主総会開く。取締役会長に塩屋五十八、取締役社長に日下部尚を選任。また、取締役に大倉洋一、白川政之助、監査役に山本善一郎、松本忠治を選任
未利用資源のカラ松を用いた「FRONTIR」シリーズを東京国際家具見本市にて発表

1980
昭和55年

本社工場内にチップ工場が完成
塩屋五十八取締役会長が死去

1981
昭和56年

第38回定時株主総会開く。足立俊彦製造部長を取締役に選任 シンプルなウインザースタイルの「ニューコロニアル」シリーズ発表
東京国際家具見本市にて「オークハウス」シリーズの発表

1982
昭和57年

第39回定時株主総会開く。花岡昌治総務部長を取締役に選任

1983
昭和58年

神田の東京事務所を閉鎖し、文京区の山品ビルに商品展示場をかねた東京事務所開設
第40回定時株主総会開く。駒屋清を専務取締役に、東京事務所長渡辺邦彦を取締役に選任
東京の飛騨家具新作発表展にて「ウインザー」・「NEW穂高」・「コロラド」などのカントリー商品を発表
東京国際家具見本市にて「プロヴィンシャル」シリーズ発表

1984
昭和59年

西之一色町に乾燥木材倉庫建設
低温除湿木材乾燥室を建設、乾燥能力が増強
第41回定時株主総会開く。足立秀夫、足立俊彦両取締役を常務取締役に選任
「No.725」がグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞

1985
昭和60年

日下部尚社長、名古屋国税局長から表彰 東京NSビルで開催された飛騨の家具フェアーにて「傳」「カーメル」「ソルバング」シリーズ発表
国際家具見本市にて「パストラル」シリーズ発表

1986
昭和61年

1987
昭和62年

第44回定時株主総会開く。足立秀夫常務を専務取締役に選任 東京ショールームにて「ヴインドボナ」シリーズ発表

1988
昭和63年

平成・令和

当社のあゆみ 製品のあゆみ

1989
平成元年

無災害記録189万時間(63年11月13日達成)で労働省労働基準局長表彰を受ける
大彌センター内に大阪事務所開設
子会社「マノレジア」設立。東京青山にアンテナショップ開店
志摩観光ホテルにて全国代理店会議開く
第46回定時株主総会開く。花岡昌治、渡辺邦彦を常務取締役に選任
東京キツツキフェアにて「カーレン」「エレガンスウインザー」シリーズ発表

1990
平成2年

木材工場敷地内に、木取と材料接着工場1465㎡を建設
曲木棟を撤去した跡地に、厚生棟キツツキ会館を建設。併せてボイラ棟改築
キツツキ会館と社員駐車場にて、社員家族やOBを交え、70周年記念式典祝賀会を開く
創業70周年を記念し、1億円の株主割当増資を行う。発行済株式600万株、新資本金3億となる
関係取引先や政財界及び同業者220名を招き、70周年記念祝賀会を開く

1991
平成3年

臨時株主総会開く。代表取締役副社長に足立秀夫を選任。山本善一郎・井上紀男生産部長・前越晢夫総務部長を取締役に、監査役に駒屋清を選任
市内片野町に独身寮(3階18室)完成
日下部尚社長が高山市長に当選
緑と水の森林基金に寄付。林野庁長官より表彰される
東京事務所を文京区護国寺より港区南青山に移転。営業所に格上げ
70周年記念社誌を発刊
ワンマンショーにて「コンフォート」「四季」シリーズ発表
東京国際家具見本市にて「マーグレーテ」シリーズ発表

1992
平成4年

取締役中村紀代男氏死去
定時株主総会開く。田頭孝治営業本部長と堺俊行特需営業本部長を取締役に選任
木のふれあいフェスティバルにて「ケープコッドコテージ」シリーズ発表

1993
平成5年

木のふれあいフェスティバルにて「アドリア」シリーズ発表
東京国際家具見本市にて「KAYA」シリーズ発表

1994
平成6年

代表取締役社長日下部尚急逝
臨時株主総会開く。代表取締役会長に日下部洋子、代表取締役社長に足立秀夫氏を選任

1995
平成7年

「クレセント」シリーズ発表
暮しの手帖社にて「穂高」の誌上販売開始

1996
平成8年

定時株主総会開く。足立秀夫が代表取締役社長退任。渡辺邦彦を代表取締役社長に選任 木のふれあいフェスティバルにて「円空」「ジャパンプロヴィンシャル」発表

1997
平成9年

「穂高」通算50万脚達成。シリーズ売上12億
東京国際家具見本市にて「ビーンズ」シリーズ発表

1998
平成10年

埼玉県朝霞市に東日本営業所移転。マノレジアの事務所が渋谷区に移転 木のふれあいフェスティバルにおいて「セレクトD」「MM」「クランベリー」「ハーベストホーム」発表

1999
平成11年

「飛騨の家具館 高山」オープン
定時株主総会開く。前越晢夫が取締役退任。永田孝一営業部長・本母雅博総務部長を取締役に選任
パリ国際家具見本市出展(飛騨木工連合会)

2000
平成12年

東京晴海JICビル3階に「飛騨の家具館 東京」と東日本営業所オープン
定時株主総会開く。代表取締役渡辺邦彦・取締役大倉洋一が退任。日下部洋子会長は非常勤の取締役に
代表取締役社長に岡田贊三を選任
「クラフトジャパン」シリーズ発表

2001
平成13年

「飛騨の家具館 東京」を100坪に増床。子会社のマノレジアを精算廃業する
「飛騨の家具館 高山」がリニューアルオープン
「飛騨の家具館 THE OUTLET」オープン
市内西之一色町の木材工場、上岡本町の製品倉庫の土地を売却。木材部門を本社に統合
「飛騨の家具館 大阪」が大阪南港WTCビル51階にオープン
定時株主総会開く。井上紀男・日下部洋子・永田孝一が取締役退任。本母雅博を常務に、中井正好を取締役生産部長に選任
木のふれあいフェスティバルにおいて節を活用した家具「森のことば」シリーズ発表

2002
平成14年

NHK朝の連続テレビ小説「さくら」のセットに「プロヴィンシャル」が採用される
「飛騨の家具館 名古屋」が中区新栄雲龍フレックスビル1階にオープン
「森のことばリビングチェア・SN105W」がグッドデザイン賞受賞

2003
平成15年

インテリアギャラリー「森のことば 高山店」オープン
インテリアギャラリー「森のことば 新宿店」新宿パークタワーOZONEにオープン
インテリアギャラリー「森のことば ロンドン店」ロンドンフルハムロードにオープン
見込み生産から受注生産システムに移行
イタリアデザイン界の巨匠「Enzo Mari」氏とデザイン契約
「wavok」「baguetteダイニングチェア」がグッドデザイン賞受賞

2004
平成16年

「飛騨の家具館 東京」が晴海トリトンスクエアX棟1階に移転オープン
市内漆垣内町内に新工場建設用地を購入
本格的な杉の活用を進めるため、「飛騨杉研究開発協同組合」を設立
「baguette・ベッド、チェスト」がグッドデザイン賞受賞

2005
平成17年

「飛騨の家具館 大阪」が堂島浜新ダイビル1階に移転オープン
「飛騨杉研究開発協同組合」の圧縮工場完成
クレセントや森のことばをデザインした佐々木敏光さん亡くなる
新宿パークタワーOZONE4階に「飛騨の家具館 東京」移転オープン
ミラノサローネ期間中のトリエンナーレにて「エンツォ・マーリ展」開催し「HIDA」シリーズ発表
東京青山スパイラルにて「ミラノサローネ凱旋展」開催

2006
平成18年

PECの指導による工場改革に着手
ISO9001品質マネジメントシステム認証取得
「HIDA OMOTESANDO」を表参道ヒルズ地下2階にオープン
日本デザイン振興会の認定する「デザインエクセレントカンパニー賞」受賞
定時株主総会開く。田頭取締役特需営業本部長を常務取締役に選任
第57回全国植樹祭の式典用チェアを杉にて製作納品。天皇皇后両陛下がご使用になる

2007
平成19年

経済産業省より「地域中小企業サポーター」に岡田社長が委嘱される
国産材の積極的な活用・取組みについて農林水産大臣より感謝状をいただく
「元気なもの作り中小企業300社」に選ばれる
建築業許可認定(内装工事)を取得
定時株主総会開く。取締役営業統括副本部長に田屋三幸を選任
NYで開催された第19回ICFFに「HIDA」出展。「The Craftsmanship Award」を受賞
国産杉を活用した「HIDA」の取り組が経済産業省の地域資源活用事業の第一号認定を受ける
暮らしと家具の祭典において「ヤナギチェア」を発表

2008
平成20年

「日本熊森協会岐阜支部」を立ち上げ岡田社長が支部長に就任
「飛騨の家具館 東京」を神谷町に移転オープン。「ギャラリー森のことば 新宿店」閉店
農林水産省と経済産業省が選定する「農商工連携88選」に選ばれる
2回目となるNYでのICFFに「HIDA」を出展
オリベデザインプロジェクトにより原研哉氏と曲木を駆使した座椅子「畳座」を発表

2009
平成21年

表参道ヒルズの「HIDA OMOTESANDO」閉店
「飛騨の家具館 大阪」が中央区農人橋のアメリカーナビル5・6階に移転オープン
幻冬舎より「飛騨スタイル」発刊
クラレインテリアより「北海道民芸家具」のブランド・三笠工場・従業員を引き継ぐ
「HIDAシリーズのチェア」がグッドデザイン・日本商工会議所会頭賞受賞

2010
平成22年

杉圧縮材を活用した大型物件の第一号として三重県亀山市立関中学校にフローリングや下駄箱などを納品
高山市より荘川地内の杉伐採林の管理を受託。「キツツキの森 荘川」として森づくりを進める
第48回技能五輪全国大会にて、北海道工場の吉家謙太が建具部門で金賞受賞
「baguette life・ダイニングセット」がグッドデザイン賞受賞

2011
平成23年

「飛騨の家具館 福岡」がBivi福岡4階にオープン
震災被災地に座卓などの救援物資を送る。また、被災された方の家具を無償修理
岡田贊三が飛騨木工連合会の理事長に就任
本社事務所と修理工房・張りラインを漆垣内の元飛騨国際工芸学園の建物に移転
漆垣内町への工場移転完了し、生産を開始する
新工場竣工記念祝賀会を開く。國島市長を始め250名が列席
小冊子「飛騨」創刊号発行
「crypto・ダイニングセット」がグッドデザイン賞受賞

2012
平成24年

飛騨高山森林組合より上宝製材所を譲り受け、製材を開始
「飛騨の家具館 大阪」が堂島浜に移転オープン
小冊子「飛騨」がADC賞受賞
「SEOTO・ダイニングチェア」がグッドデザイン ベスト100受賞

2013
平成25年

「飛騨の家具館 高山」増床
「キツツキ森の研究所」開設。岐阜大学を退官された棚橋名誉教授を所長に迎える
ISO14001環境マネジメントシステム認証取得
太陽光による「きつつき森の発電所」オープン年間42万キロワットの発電開始
定時株主総会開く。中井正好取締役生産本部長が退任
「SEOTO・リビングチェア」がグッドデザイン賞受賞

2014
平成26年

「飛騨の家具館 仙台」がSS30ビル地下1階にオープン
飛騨職人学舎設立
上宝製材所内に飛騨杉研究開発協同組合と飛騨産業が運営する圧縮工場新設
板屋敏夫が現代の名工に選ばれる
第52回技能オリンピックにて瀧口修也が銀賞受賞
定時株主総会開く。中村充東日本営業所長・森野敦営業企画室長を取締役に選任
「KISARAGI・ダイニングチェア」がグッドデザイン賞金賞受賞

2015
平成27年

資本金を3億から1億に減資
第53回技能五輪全国大会にて瀧口修也が銅賞、田立達也と小笠原章弥が敢闘賞を受賞
定時株主総会開く。田頭孝治・山本善一郎が取締役を退任。井上紀男氏が監査役を退任。山崎昌彦を取締役に、中井正好を監査役に選任
銀座松屋にて「日本の杉の家具展」が開催されるミラノサローネ出展「KISARAGI」を展示
飛騨世界生活文化センターにて「飛騨の匠展」開催。平城京の家具を復元制作「cobrina」シリーズがグッドデザイン賞受賞

2016
平成28年

第54回技能五輪全国大会にて、倉本拓也が銀賞、田立達也が銅賞を受賞
中部国際空港 国外線ロビーに「飛騨の家具®ラウンジ」オープン
定時株主総会開く。取締役に岡田明子経営企画室長を選任
ミラノサローネ国際家具見本市に出展。アトリエ・オイとの「ギフォイ」を中心に展示
トヨタと住友林業が提案する木製電気自動車「SETUNA」を製作。ミラノにおけるフォーリサローネにて発表される
伊勢志摩サミットの首脳会議用ラウンドテーブルを製作納品
「kinoe・ダイニングチェア」「SEOTO-EX・ダイニングチェア」がグッドデザイン賞受賞
「KISARAGI」がifデザインアワード2016を受賞
ウッドファニチャージャパンアワード2016にて「KISARAGI」がグランプリ、「kinoe」がマッチング特別賞受賞

2017
平成29年

「日本工芸産地協会」設立 岡田社長が副理事に就任
東京ミッドタウン ガレリア3階に直営のインテリアショップ「HIDA」オープン
幻冬舎より「よみがえる飛騨の匠」上梓
日本動産鑑定が実施する「知的ビジネス評価」において五つ星の最高評価を受ける
第55回技能五輪全国大会において、田立達也が銀賞、向段芽生が銅賞を受賞
テレビ東京の「カンブリア宮殿」に岡田社長が出演
「第20回米・食味分析鑑定コンクール国際大会in飛騨」開催。「いくまい水」を使った米農家6名が金賞受賞
定時株主総会開く。岡田明子取締役を常務取締役に、荒川製材機製作所の荒川美文を社外取締役に選任
ミラノサローネ出展。今回より単独ブースとなる「KISARAGI」「SEOTO」「YANAGI」を出展
「AWASE・ダイニングチェア」がグッドデザイン賞受賞
「柳チェア」と原研哉の「畳座」がビクトリア&アルバート博物館パーマネントコレクションに選ばれる

2018
平成30年

「杉木部及び杉枝葉成分蒸留液植物活力液剤を生産する方法」が特許取得
中部国際空港国内線ロビーに「飛騨の家具®ラウンジ」オープン
第56回技能五輪において大木凪子が銀賞、浦谷大司が銅賞、新井貴也が敢闘賞を受賞
ミラノサローネ国際家具見本市に6回連続出展
「月光・ベッド」がグッドデザイン賞受賞
穂高50周年記念して鹿児島睦氏デザインの「ナベダイラ」を発表

2019
平成31年
/
令和元年

第30回技能グランプリにおいて、玉田義卓が敢闘賞を受賞
100周年を契機に、商品・事業を「人を想う」「時を継ぐ」「技を磨く」「森と歩む」の4つの価値観に整理し言語化
「飛騨の家具館 高山」の展示を4ラインに沿った内容とする
木取り工場を高山市新宮町より第一工場内に移転
第57回技能五輪全国大会において、新井貴也が銀賞、浦谷大司、川辺瑞葵が銅賞を受賞
定時株主総会開く。中井正好監査役退任。後任に村上勝俊を選任
元取締役会長の日下部洋子氏死去
創業100周年記念モデル第1弾となる建築家の隈研吾氏と協業した「クマヒダ」を発表
キッチンメーカーのクリナップと共同開発したコンパクトキッチン「HIROMA」を発表

2020
令和2年

国際ホテルレストランショーに出展。コロナ禍により来場者減少
日本家具産業振興会会長に岡田贊三が就任
政府の指導により出張を禁止し営業はテレワークとなる。ショールームも臨時閉館する
コロナ禍により生産調整行う
8月10日に創業100年を迎える。100周年記念事業を全て翌年に延期
飛騨木工連合会が主催する飛騨の家具フェスティバルの日程を、9月から10月に変更して開催
ホームページを全面的にリニューアル

大正・昭和